マツドーナ日記

教師修業真っ最中の若者(?)です。雑学を現在増やそうと読書にはげんでいます。教育書だけでなく、様々なジャンルの書籍も読み、さらにレベルアップを目指します。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

成長のために必要なこと

今年は5年経験者研修の年。 次のように日案に書いた。 前回の5年経験者の研修で助言者の先生が、「手を挙げなくとも考えている子もいるわけであるから、手を挙げさせることが大切なことじゃないですよ。」とおっしゃられた。断固反対の姿勢をとってしまった。なぜなら、思いがあるのに手を挙げない児童がそのクラスには多すぎたからである。言い訳もはなはだしいと思ってしまった。もちろん挙手がすべてでないことはわかっている。でも、自分の意見を書かせておいて、それを発表させる機会も取らずに、反応よく手を挙げる児童だけを指名する授業ではいけないと思う。子どもたちをなるべく多く参加させる授業のためにも挙手での確認は必要だろう。手を挙げても意味ないやと思っている児童がいてはいけない。「手なんて挙げないよ。」ではないのだ。これは言える。「そうさせてないだよ。あなたがそういう経営ができていないんだよ。」先生に指名されたくて仕方ないくらい、わくわくさせるイメージではないんだ。だからいかんだよ。」とても言えないが・・自分だったらどうするかを考えさせられる授業参観だった。  おごりがあった。  研究授業をしてくださった先生に対して大変申し訳ない対応をしてしまった。  授業の良くない点を考えてしまった。自分だったらこうするだろうということももちろん考えていたが…。  主任の先生に、自分のためになる対応をしておけば問題ないといわれた。「自分のために」を考えていながら、相手に不愉快な思いをさせてしまったことは非常に良くないことだと反省した。自分は心が弱かった。わかったつもりで自分を伸ばそうという気持ちが足りなかった。その先輩に非常に申し訳なく、自分自身のレベルの低さを痛感した研修だった。   自分が尊敬する先生の著書にも書いてあった。「伸びる教師は?」という題であった。 「伸びる教師とは、謙虚に学ぶ姿勢がある教師である。」 「コツコツと努力し、実力を蓄えている教師が、やはり伸びている。」 「ある程度力がついてくると、ちゃんと周りの人が見ている。だから表舞台に出させてもらえるようになる。」 「大きく成長した教師は、「謙虚」である。謙虚に努力したからこそ伸びたのである。」 「途中で挫折したひとは「天狗」になっている。天狗になってそこで努力しなくなっている。」 「今は力があっても、「もう学ぶものがない。」と思ったとたん、成長が止まる。挫折の始まりである。伸びる教師は、いくらまなんでも「これでよい。」とは思わない。どん欲に学んでいこうとする。講演会などでは一番前に座って、意見を言ったり、質問をしたりする。」  一番自分の身にこたえたのが次の部分である。 「伸びる教師は、「他人の悪いところ」をつくのではなく、「他人の良いところ」に目をつける。良いところを見つけては、「これはすばらしい。」などと明るくほめる。ほめられた人は、その人を支持するようになる。」  これだけでも自分がどれだけレベルが低かったかがわかる。反省。次からの行動で示していきたい。  諭してくださった主任、ありがとうございました。
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。